Ebisode 4

NY市内

始まり  文:ebi

1967年〇月〇日〇〇県某市に生まれる。生まれたのは夜明け前嵐の日、雷の激しい日だったらしい。まるで悪魔の誕生だ。
でも生まれてきた少年は物静かで素直でちょっと内気な性格の子供になった。小学校の3年生までに三回県内を引越ししたせいかもしれない。ごくありふれたサラリーマン家庭に育った少年だったが、中流思考の母親に3才からピアノを習わされていた。そのせいで小学校の間週に二回放課後友達の誘いを断ってピアノ教室に通わねばならなかった。当時のそんな田舎の小学校でピアノを習う男の子は非常に稀だった。そのおかげで少年は度々クラスメイトからからかわれとても嫌だった。そんなこともありピアノを習うことは少年には苦痛でしかなかったが、その思いを母親にうちあけることはなかった。それどころか少年は自分の欲求を表に表わすことがほとんどなかった。嫌だと言うことをしなかった。言われたことはキチンとこなし、成績もよかった。母親の体が弱かったので進んで家事もこなした。父親は夜遅くにならないと帰らなかったので少年は買い物に行き母親に作り方を聞いて家族四人の夕食を作ったり、幼い弟を風呂に入れたりもした。少年は食べ物の好き嫌いも打ち明けることがなかった。だされた食事はいつも残さずきれいに食べた。そのせいか少年は背が高く高校までずっとクラスで整列するときは一番後ろか二番目だった。給食の牛乳が嫌いで中学を卒業するときにはこれでもう牛乳を飲まなくていいんだと心の底からからホッとした。
そんな環境で育った少年は空いた時間本や漫画を読むことを好んだ。幸い母親も本や漫画を良く読む人だったので子供にも可能な限り本を買い与えた。 こうして少年は子供らしくない子供として小学校を卒業していった。

少年には6つ年上の従兄弟のお兄さんがいた。
わりと近所に住んでいたこともあってよく一緒に遊んでくれた。彼は非常に稀な人物でとても人当たりが良く誰に対しても優しく親切でユーモアのある魅力的な話し方をした。少年の両親を含め親戚中が彼を好み信頼した。おそらく彼に出合う世界中の全ての人で彼を嫌ったりする人はいないんじゃないか、そういう人物だった。当然少年もお兄さんが大好きだった。彼は少年に会う度にいらなくなった服や本や漫画、ゲーム、レコードを気前良く与え、色々な話をして少年を楽しませてくれた。彼は少年に多くの影響を与えた。
少年は中学へ進むとテニス部に入った。団体競技が苦手だったことも、エースをねらえに憧れたことも理由のひとつではあるが、真の理由はお兄さんが同じ中学のテニス部だったからだ。6つ年上の彼は少年か中学へ入学するのと同時に東京の大学へと上京するのだが、少年が中学二年の夏、帰省した彼は少年にその後の少年の人生を左右する決定的な影響を与えることになる。運転免許を東京で取得した彼は帰省すると少年をドライブに誘った。親戚の伯父さんから車を借りて少年を迎えにきた彼は笑顔こそ昔のままだったが東京で垢抜け洗練されたファッションと車を運転する姿で少年をあっと言わせた。そして少年が助手席に乗り込むとカセットデッキにテープを押し込み車を発進させた。
カーステレオからは《悲しきRADIO》のイントロが流れてきた。
とても良く晴れた暑い夏の日だった。

テニス部に入ったことを理由に僕はピアノを止めた。代わりに僕はギターを手に入れ練習し始めた。初めて練習した曲は松山千春の《旅立ち》。駅前にあるヤマハの小さな楽器店でタブ譜付きの全曲集を買ってきて独学で弾き始めた。聴きもしないクラッシックの曲を嫌々やらされていたピアノのときと違ってギターを弾くことは楽しかった。始めのうちはコードも満足に押さえられず、まともに音が出なかったが、毎日毎日飽きもせず繰り返し練習した。誇張ではなく本当に左手の指から血がにじんだが一日も休まず弾き続けた。そのせいかギターから遠ざかった今でもこの曲はずっと忘れずに弾ける。一曲また一曲とマスターしていくにつれ僕の左手の指先には硬いタコができ、指先の硬く盛り上がった皮を時々爪切りで切り落とした。当時フォーク少年だった僕は松山千春、さだまさし、中島みゆき、長渕剛の楽譜を小遣いを貯めては購入して黙々と練習していった。

僕の初恋は中学一年。相手は同じクラスの女の子。目がくりっと大きくて、ちょっとアジア系の雰囲気のあるエキゾチックな感じのする女の子だった。つやつやした長くきれいな黒髪を三つ編みにしていた。当時僕のいたクラスは教室の机を∪字型の配列にして窓側の席と廊下側の席が向かい合うようにして座っていた。ある日の授業中僕がふと視線をあげると彼女もこちらを見ていて目が合った。僕は恥かしくてすぐに視線をそらしたのだが、再び視線をあげると彼女はまだこちらをじっと見つめていた。僕はまた目が合ってしまったからとても恥かしくて再び視線をそらした。次の授業でも彼女はじっとこちらを見つめ続けた。時折ノートをとったり黒板に目を向けるのだがそれ以外はずっとこちらを向いたままだった。明らかに僕を見つめているようだった。そのことで僕は少し混乱した。なぜ彼女が僕を見つめているのか訳がわからなかった。ひょっとしたら僕の単なる思い込みで、隣りの人や、ひょっとしたら僕の後ろの窓の外を眺めているだけなのかも。色々考えては彼女の方を見てみるのだが、やはり彼女は僕の顔を、目を見つめていた。それからその日僕は彼女の方を見ないようにつとめて過ごした。
翌日になっても相変わらず彼女は僕を見つめていた。見なくても視線をひしひしと感じた。それに負けて僕も時折彼女の方を見てしまうのだが、彼女は決して僕から視線をそらさなかった。表情ひとつ変えなかった。その大きな瞳を見つめるとなんだか吸い込まれそうな気がした。そのような日が幾日か続くうちに僕は彼女の視線にすっかり慣れてしまった。彼女が先生の話に熱心に耳を傾けていて僕の方を見ていない時は早くこちらを向かないかなと、逆に僕が彼女を見つめてみたりした。彼女が僕の視線に気付いてこちらを向いてくれるとなんだかとてもうれしかった。そしてもう僕は彼女に見つめられても視線をそらさなくなった。お互いに見つめ合った。僕達のことはまだ誰も気付いていない。授業は静かに続いていた。
こうして僕は彼女に恋をした。

あの頃の事を文章にするのはとても難しい。切なくてあふれるほどの想い…若さというエネルギーに満ちあふれていて、今どんな言葉を当てはめてみてもなんだか適確に表現できない気がする。

僕と彼女が付き合うようになったのはその年の秋頃からだったと思う。付き合うと言っても交換日記を毎朝渡し合うだけのささやかなものだ。言葉を交わすのも《おはよう》だけ。恥ずかしくて、本当はもっと色々話したかったけど、できなかった。毎日今日こそは!と話す内容をシミュレーションするのだけれど、実際いざとなるといつも口に出す勇気が出てこなかった。交換日記には何を書いていたのか今となってはまったく覚えていない。ノートで3、4冊程続いたと思うのだがその全てを彼女が所有したままなのでそれを知る手立てはない。
幸運なことに。

初めてのデートのことはよく覚えている。おそらく日記上で待ち合わせの約束をしたんだと思う。日曜日の朝10時、場所は市内の図書館。青春だ。僕はその日こそは彼女に面と向かって《好きだ》、《 好きです》と言いたかった。でも結局言えなかった。それどころか唯の一言もしゃべれなかったのだ。自分がどれだけ彼女のことが好きなのかを彼女に伝えたくてあせって、《好き》という言葉を出すことに緊張して、言い出せない自分がくやしくて…。結局彼女は2時間程辛抱強く僕の言葉を待ってくれたあと、《また日を改めて遭いましょう》と言って帰って行った。

あの頃の思い出は僕の中で淡い色に包まれている。そして思い出す度にあの頃いつも聴いていた松山千春の《初恋》が耳の奥に流れ出す…

♪恋の初めは切なくて苦しいものと知りました あなたのことで一日が始まり終わる気がしてた…

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